第6話

〈 第6話 〉

有効に働く断熱ラインを考える

古川:前回はレシピづくり全体の流れを説明しましたね。ここからはレシピづくりの中でも「断熱」に関連する部分にフォーカスしていきたいと思います。今回は住宅内外の熱的境界線になる「断熱ラインの検討」について解説します。料理のレシピづくりだと「レシピの流れ(手順)の検討」にあたります。
この断熱ライン検討の進め方や影響について例えば建物の形状、間取り、家族構成や住まい方から家の内部空間(容積)の広さを検討すると内外の境界線がおのずと見えてきます。この時に、施工の難易度や換気の配管や冷暖房の配置まで検討しながら断熱ラインを決めていく流れになります。このように進めることで、計画された省エネ性や快適性に近づきますので、慎重に考えましょう。

ひだまり:そんなに多くの要素にかかわってくるのですね!プランの骨組みの大切さは前回学んだので、しっかり身につけたいと思います。

古川:まず建物形状と断熱ラインの検討において、一番大事な決定事項は、お客さんの生活に不便が起きないように居住空間を決定することです。例えば建てられる地域特性を考慮してデザインや間取り・動線・収納の数や大きさなど将来的なイメージをもって決めることが大切ですね。省エネ性を追求しすぎたばかりに、暮らしにくい家にはしたくありません。それと同時に断熱ラインの検討となりますので、優先度順に5つお伝えします。
1. 断熱性能 2. 施工性 3. 換気・冷暖房設備の配置計画 4. ランニングコスト 5. メンテナンスです。
1~3は安全で快適な住まいにするために必須であること、4と5は省エネで効率的な家を作るために必要なことです。これらを含めて検討を進めるのですが、ひだまりさん家づくりで私がおすすめするテーマが何だったか覚えていますか?

ひだまり:「シンプルイズベスト」ですよね!※第1話

古川:そうです。実は断熱ラインもコンパクトでシンプルな形の方がエネルギー効率が良くなり、省エネ関連の計算もしやすく、比較的良い数値も出やすかったり、材料ロスも減らせたりと、良いことが多いのです。しかし、シンプルにすることばかりを考えてしまうと、断熱が欠けている部分ができたり、施工的に無理があり現実味のない納まりになっていたり、局地的に快適でない空間が生まれたりする可能性があります。まずは建物として安全でそれを維持できる形になっていることが第一で、その次に効率や快適性を考えます。特に注文住宅の場合には「家が人に合わせて設計できること」が一番の強みですから「住まい手にとって楽で快適で幸せな住まいをつくる」ために、断熱ラインの検討は核になる部分といえますね。
さて、ここで前回最後に質問をした天井断熱か屋根断熱どっちにしたらいいの?という問いかけに対しての私の考えを共有したいと思います。ひだまりさん、集計結果の発表をお願いします。

ひだまり:集計結果はこのようになりました。73名の方に回答いただき、天井断熱は27名(37%)、屋根断熱は46名(63%)でした。それぞれの投票理由もいくつか抜粋しました。ご回答くださった皆さま、ありがとうございました。ちなみに私は、なんとなくですが天井断熱に投票しました!

古川:結果発表ありがとうございます!ひだまりさんは天井断熱を選んだのですね!
解説の前に、お伝えしておきたいことがあります。実は今回の問いに「正解」はありません。なぜかというと、家は断熱だけでなくほかの様々な要素も含めて検討され、設計方法やその理由には各社の考えがあります。私はそれをぜひ尊重したく思っているので、これ以降の話は「正解を教える」というより、私の経験に基づいて結露しないためにベストだと思う方法を「共有する」という立ち位置で話していきます。ですので、今回の投票結果やその理由はどれも尊重できますし、少数派だから間違っている・多数派だから合っているということではなく、「周囲の人はこう考えているのか」と、こちらの結果を活用してもらいたいなと思っています。

ひだまり:色々な納め方があることを知っておけば、より多くの選択肢の中からその建物に対するベストな納め方を判断できるようになりそうですね!

古川:私の場合、一番先に考えることはこの家に住む人の「暮らしに不便を無くす計画」にすることです。そこで今回は『お客様が暮らしに求めるメリット・デメリット』と『生産者が施工面で受けるメリット・デメリット』から、答えを導き出していこうと思います。
まず住む人の目線に立った「暮らし面」で考えると、

●天井断熱の場合
メリット:建物容積が減ることは、冷暖房容積も減るので省エネになる
デメリット:室内として使える建物容積が減ることで、建物の大きさを有効に活用できない

●屋根断熱の場合
メリット:建物の内部の熱的容積が増えることで2階の天井裏を収納などに活用できる
デメリット:建物容積が増える事で冷暖房空間が増える

結果、両方ともメリット・デメリットがひとつずつ出てきました。お客様の収納要望や省エネ希望を尊重する必要があるので、暮らしのメリットの優先順位は高いですが暫定1位でここではまだ確定ではありません。続いて、生産者の目線に立ち、建物を確実な性能で健全に維持できるように計画するという「施工面」で考えてみましょう。今回は天井・屋根の断熱を①桁の位置 ⇒ ②屋根勾配の順で検討し断熱ラインを判断する方法を紹介します。

①桁の位置を見る(桁が揃っているか、揃っていないか)
桁の位置が揃う場合にはどちらでも、揃わない場合には屋根断熱がおすすめです。

古川:こちらの建物の建て方の流れをイメージしてください。まず、桁がそろっていないことで、図1の赤丸で囲んだ小屋裏空間に外皮壁が生まれます。この壁の断熱構成が付加断熱の計画だった場合、小屋裏空間の外皮壁を屋根設置前に完了させないと、断熱の未連結や断熱欠損になるおそれがあります。右下の図3のように屋根設置前の外皮壁に対する断熱工程が2工程ほど増えることで、雨除けとなる屋根がかけられず天候によっては建物内に雨が入るリスクが高くなります。第4話 3章で「水を入れない・閉じ込めない」ことが初期結露や結露防止につながるというお話しました。水を入れないという観点から考えると最短コースで屋根工程を完了させたほうが良いということになります。
天井断熱も図面としては一見シンプルですが、施工順序もふまえて検討すると図2のように屋根がかかると人が入れない場所になる可能性もありますし、単純な断熱ラインで各種数値が良くても、作れない家になってしまっては本末転倒です。桁が揃わない場合に、前述の課題などに注意をして設計すれば、天井断熱で納めることももちろん可能ですが、桁が揃わない場合には屋根断熱にすることで、様々なリスクを回避しながら、よりシンプルで確実に納めることができると考えます。
以上より、工程数や初期結露リスクから、施工面では「屋根断熱」が確実な性能で健全に維持しやすい方法と出てきました。ということで、この住宅の形で私が考える断熱ラインは「屋根断熱」という回答になります。

少し話は戻りますが、「暮らし面」を優先して住まい手にとって収納の広さや省エネ性能が十分な家にできたとしても、「施工面」に不備があり、内部結露などが起こってしまえば健康被害や建物腐朽リスクが上がり、安全な建物とは言えなくなります。家に限らず、食材、衣服、車など、第一の優先事項は「安全」に繋がる部分です。生産者側として「安全」ができてはじめてお客様の希望を聞き、反映できる段階に進めるということは、ぜひ心得ておきましょう。

ひだまり:言われてみれば、スーパーでのお買い物の時、値段やおいしさで検討していましたが、その大前提には「スーパーで売っている食べ物は安全である」という考えがあったことに気づきました。
生産者側としても、生産したものが安全であることは大前提のように思えますが、例外なく安全なものを作るという意識は常に持っておくことが大切なのですね。

②屋根勾配を見る(緩勾配か、ある程度の勾配か)

古川:桁が揃っていて、ある程度の屋根勾配があれば、屋根断熱とすることで、限られた生活空間の中に小屋裏空間を活用した収納スペースなどを検討できます。一方で、緩勾配の際は収納スペースほどに空間も取れず、屋根断熱にすると使えない空間でも室内扱いとなります。そうなると使えない空間までも冷暖房や換気が必要になり、暮らしのランニングコストが無駄になってしまいますね。

古川:天井断熱とすることで、施工的なメリットも出せます。例えば下の図面(図4)を見てください。この場合、桁上に合板を敷設することで平面となり、安全で効率的な作業が可能となります。こうなると、作業工程は一緒でも施工精度や施工スピードが上がりますね。また、桁上部分が平らなので、急な雨への雨養生も容易となり、第4話であった「結露防止のために、水を入れない」も守りやすく結露防止の環境づくりがしやすいです。平面なので小屋設置もスビーディーに行えます。(写真)つまりは、安全な作業で施工精度も良く品質も確保しやすいことに繋がります。
今回はより良い断熱ラインを選択するため、屋根の断熱ラインを例に、メリット・デメリットを含めた検討方法をお話しました。

ひだまり:すべての部位が綺麗に納まりきることもあまりないと思うので、確実な性能を健全に維持させることで、将来的にも暮らしに不便さを感じさせないよう、慎重に検討しなければならないと思いました。
次回は「断熱材料の特長を知る」ですね。現在の市場にはさまざまな断熱材があると思うのですが、家全体で断熱性能を上げるためには、結局何の断熱材を使ったらよいのでしょうか?これを使えば問題ない!というものがあったら、こっそり教えてもらえませんか…?!

古川:「結局断熱材って何を使ったらよいのですか?」は、私がもらう質問ランキング上位に入る質問です。これには私の「お決まりの回答」があるので、次回教えましょう…!

※こちらの内容は2025/02/28に配信したメルマガを元に作成しております。
本内容に関するお問い合わせはこちらからお願いいたします。
※当サイトのコンテンツを許可なく複製、転載、改変することを禁じます。